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オーディオブランド探求 ~LUXMAN~


ラックスマンは日本最古のオーディオメーカーで、2025年には創業100周年を迎えるという大変な老舗ブランドです。数々の製品を生み出してきたのと同時に、時代に翻弄されてきた歴史を振り返ってみたいと思います。

ラックスマンの出発点となる「錦水堂」の創業に関しましては、「無線と実験」の柴埼 功氏の記事「ラックスマンの歩み」に詳しく載っていましたので、引用したいと思います。

「1897年(明治30年)、早川卯三郎氏(後に宇源次と改名)が早川商店というガラス屋を開業します。早川宇源次氏は発明家でもあり、上からのぞき込む構造の陶器製水盤状金魚鉢しかなかった時代に、板ガラスと金属枠を組み合わせて横からも金魚が見えるガラス製金魚鉢を1901 (明治34)年に日本で初めて商品化しています。1905年に金魚鉢のガラスに油絵を描いていた檜垣画家の提案で「錦(金魚)が水に映る」という意味を込めた「錦水堂」に社名を変更しました。当時の主な業務は絵画/絵葉書/額縁の販売でありました。
店主の早川宇源次氏には、 1923(大正12年)に渡米してニューヨークに住んでいた長男の早川富之助(トーマス早川)氏、日本在住の次男早川迭雄(てつお)氏と、三男早川錦治氏という息子がおり、全員がラジオフアンで海外の情報をいち早く入手し、ラジオ放送関連の実験や受信機の試作を行っていました。そして日本でAMラジオの実験放送が開始された1924 (大正13)年には試作受信機で放送を店内に流して地元で話題になりました。ラジオ放送が始まってラジオ受信機や自作用パーツの需要が高まり、しかも早川家一族はラジオを中心とするエレクトロニクスに精通しているので1925年6月13日に錦水堂内にラジオ/オーディオ機器/電子部品を専門に扱う「錦水堂ラヂオ部」を設立しました。」

そしてこの時に「錦水堂ラヂオブック」という技術解説書を当初は無料で配布していたこともあり、お客様には大変好評だったようで最終的には14版を重ねるベストセラーになりました。そしてこの錦水堂ラヂオ部こそが今日のラックスマンの母体となったわけです。
さてここからは、年代と共に会社の変遷を見ていきましょう。

1935年(昭和10年)株式会社錦水堂に組織変更。RCAラジオトロンやRCA真空管の輸入販売を開始
1937年(昭和12年)低周波トランス需要拡大のため、錦水堂製造部設置
1938年(昭和13年)トランス工場建設
1940年(昭和15年)株式会社錦水堂金属工業設立
1943年(昭和18年)株式会社錦水堂金属工業を吸収合併。錦水電気工業株式会社に社名変更
1948年(昭和23年)LUX-170(中間周波トランス)発売
1952年(昭和27年)出力トランスXシリーズ発売
1954年(昭和29年)出力トランスSXシリーズ発売
1955年(昭和30年)戦後初のハイファイアンプキット発売
1957年(昭和32年)東京出張所開設
1959年(昭和34年)出力トランスOYシリーズ発表。この頃LUX製品の海外進出が盛んになる
1961年(昭和36年)ラックス株式会社に称号変更。大阪本社に試聴室設置
1968年(昭和43年)東京支社開設。東京出張所を九段営業所に改称。本社営業部に貿易課を設置
1969年(昭和44年)福岡営業所開設
1971年(昭和46年)名古屋営業所、札幌営業所開設。ラックスキット株式会社設立
1972年(昭和47年)本社新社屋(鉄骨6階建)完成。仙台営業所、広島営業所開設。BOSE、B&Wの輸入開始
1973年(昭和48年)松本営業所開設
1975年(昭和50年)大阪市豊中市に本社・中央研究所の移転用地6000坪を取得
          ニューヨークに現地法人LUX AUDIO of AMERICA LTD設立
          ヨーロッパを統括するLUX AUDIO of EUROPE設立。横浜営業所開設
1977年(昭和52年)本社を大阪市豊中市に移転
1980年(昭和55年)アルプス電気株式会社が支援開始
1983年(昭和58年)設計・製造部門をアルパイン株式会社いわき工場(福島県)に移管
1984年(昭和54年)本社を東京都大田区に移転
1987年(昭和57年)アルパイン株式会社と資本提携。本社を東京都品川区に移転
1991年(平成3年) 東京営業所を横浜市港北区に移転
1992年(平成4年) 設計部門をアルパイン株式会社より本社に移管。海外営業部門をいわき市より本社内に移転
1993年(平成5年) 国内営業所を東京・大阪・名古屋の3営業所に集約
1994年(平成6年) 韓国三星電子株式会社と資本提携。本社を東京都品川区東品川に移転
1998年(平成10年)本社を横浜市鶴見区に移転
1999年(平成11年)香港上場会社の投資ファンドB.V.I.と資本提携
2000年(平成12年)ラックスの事業を新たに設立したラックスマン株式会社に分社して、旧ラックスは
          投資ファンドに業態変更してイーラックス株式会社(現・株式会社クオンツ)と改称。
          ラックスマン株式会社を東京都港区に移転
2003年(平成15年)ラックスマン株式会社を横浜市港北区新横浜に移転
2005年(平成17年)イーラックス株式会社(株式会社クオンツ)を売却      
2009年(平成21年)IAG(International Audio Group)の一員となり、その経営傘下に入る


長い歴史のある会社ですが、1980年以降は親会社がころころ変わって、また本社も移転して激動の時代でした
がIAGの傘下に入ってからはようやく安定した軌道になったという感じでしょうか。IAGは総合エレクトロメー
カーで、オーディオ分野ではラックスマンをはじめクオード・ワーフェデール・オーディオラブ等イギリスの
ブランドが多くを占めています。IAGからの締め付けは特にないようで、経営体制も変更はなく、逆に潤沢な
資金で計画通りの商品開発ができているようです。

またラックスマンではその時々で、世界のオーディオ機器の輸入業務もやっておりまして、古くはアメリカ
BOSE、イギリスB&Wのスピーカーを始めております。その他アメリカKRELL、イギリスKEF、オーストリア
Consensus Audioを扱い、現在はフランスFOCALの代理店になっております。しかしどれもあまり長続きせず
(FOCALはわかりませんが)、それだけ製造メーカーと輸入業代理店の「二足のわらじ」は難しいのかなと思
います。

SQ-5B


それでは歴代の代表作品を振り返ってみたいと思います。何せ機種が多いので、代表的なものだけの紹介となってしまいますことをお許しください。

ラックスのオーディオアンプの第1号は1961年発売の真空管式プリメインアンプのSQ-5Aでした。翌年には出力が14W+14Wにアップした改良版のSQ-5B(¥35,100)が発売になりました。60年近く前の製品ですが、キャビネットがラウンドしていて、中央には出力メーターも付いて、今見ても斬新なデザインですね。
1963年には日本初の木製キャビネット付きのSQ-38(¥55,000)が発売になります。その後SQ-38F、SQ-38FD、SQ-38FDⅡと続く人気シリーズとなりました。

SQ-505

1968年、ラックスとして3作目となるトランジスタープリメインアンプSQ-505(¥58,000)が発売されます。このアンプはラックスのトランジスターアンプとして最初に評価されたモデルです。またデザイン面では、SQ-38シリーズはどこか マランツ model 7 に似たところがありましたが、このSQ-505はラックスのオリジナリィが溢れて好評でした。その後トランジスタープリメインアンプはSQからLシリーズへと変化して現在まで続いています。

LV-105(¥119,000)

1984年、前年に設計・製造部門がアルパイン㈱いわき工場に移管したこともあって、ALPINE/LUXMANなるブランドが誕生して「Brid」シリーズという真空管とトランジスターと組み合わせたハイブリッドアンプが誕生しました。オールブラックフェイスで、従来のラックスのイメージから大きく逸脱したデザインでびっくりしました。製品的には悪くはなかったのですが、無理やり作った感があって当時のラックスの苦しい台所事情がうかがえるシリーズとなりました。それでもこのシリーズは3~4年くらいの間にプリメインアンプ・チューナー・CDプレーヤー・カセットデッキ・フォノイコライザーアンプやスピーカーシステムまでトータルで30機種くらい製造しており、結構製品を出していたという事実を知ってちょっと驚きました。

C10 + B10

セパレートアンプでは1995年発売のモノラルパワーアンプB10(¥650,000/1台)と1996年発売のC10(¥1,200,000)が一つのピークでしょう。広帯域で優れた音の立ち上がりを実現するCSSC(Complimentary Single Stagger Circuit)回路を採用、しかもこのCSSC回路を2つ組合わせた完全バランスCSSC構成を採用しております。電源には独自のハイ・イナーシャ電源が採用されており、高比重・高剛性の5点支持重量級FRPシャーシにマウントしています。

C10内部。右端がスーパー・アルティメイトアッテネーター

そしてC10のハイライトは58接点4連タイプのスーパー・アルティメイト・アッテネーターです。厳選された超高精度固定抵抗456個を58ポイントの大型ロータリー接点に1個ずつ固定していくという気が遠くなるような作業が必要な、非常に大掛かりなアッテネーターになります。精密度や各箇所の接点密度、回転フィーリングなどを突き詰めると、これを組み上げられるのは協力工場の社長さん一人だけだったそうです。当時のアッテネーターとしてはここまで手に込んだものはなく、手間も価格も飛びぬけていたと思います。

LECUTA

なお現在、最新の真空管プリアンプCL-1000(¥1,600,000)では、LECUTA(Luxman Electric Controlled Ultimate Transformer Attenuator)というファインメットコアを用いた左右独立の2個のトランスを利用したアッテネーターを搭載しており、現代版スーパー・アルティメイト・アッテネーターといえる位置付けになっております。トランスを使うことによって小音量時でも音が痩せないというメリットがあるとのことです。ちなみにフロントパネルのボリウムノブには音楽信号は一切流れず、ボリウムの位置情報のみを管理し、トランスと対になる34ステップのリレーで音量調節をする仕組みになっています。時代は確実に進化していますね。

PD121

もう一つ、忘れてはならないのがアナログプレーヤーです。この頃はトーンアームがまともな値段で買える時代であったので、ラックスは全てアームレスプレーヤーでした。1975年のPD121(¥135,000)をはじめとして、PD441、ロングアームを含むデュアルアームシステムが組めるPD444など、シンプルなデザインで美しいプレーヤーは今見ても魅力的であります。今は単体トーンアームも販売台数が極端に減少してしまったため、かなりの高額品になってしまいましたので、アームレスプレーヤーは難しいかも知れませんが、何とかこのシンプルで美しいプレーヤーを復刻してもらえないかなと思います。フォノモーターはDENONでもTechnicsでも構いませんので…(笑)。

こうして振り返ってみると、一つの分野で100年近くも続いているという事実に改めてすごいことだなと認識いたしました。

ラックスの場合、プリメインアンプ、プリアンプ、パワーアンプといったカテゴリーでトランジスターと真空管を使ったラインナップを常に用意して、ユーザーの選択肢の幅を広げているところは感心するところだと思います。長い歴史の中でもこうしたユーザー目線に立った製品作りはさすがというところでしょう。
それとユーザーの立場とすると、ラックス製品のメンテナンスに関しては、非常に手厚く行っていることもうれしいことであります。症状によりますが、かなり古い製品でも受け付けてくれます。サービス体制はアキュフェーズと同等と言っても過言ではありません。
1980年以降は紆余曲折があって経営的には苦しい時代が続きましたが、そうした中でも製品開発は意欲的に続けられて、ユーザー目線では苦労の跡というのはあまり見えなかったように思います。そのあたりが関西人の商売根性というか、オーディオ魂の強さなのか、めげないところがありますね。その心意気こそが95年も続いている原動力なのかもしれません。